2013年7月30日火曜日

源氏物語と日本人の信仰 加持祈祷


加持祈祷
密教とは簡単に言えば、薬のようなもので、病気になったら、薬を処方
するようなもので、これが加持祈祷にあたる。顕教は病気にならないよ
うに、日頃から因果応報を知り、生活の規律を守り、智恵を学ぶことだ。
病気になって説法したところで効果はない。回復してから説法すれば効
果は高いだろう。煩悩を断ち切る方法として加持祈祷を用いる。因果応
報を知ることも大切で、瞑想によって考えを深める。瞑想のやり方もマ
ニュアル化されている。

 「大将の君は、宮をいと恋しう思ひきこえたまへど、「あさましき御心の
 ほどを、時々は、思い知るさまにも見せたてまつらむ」と、念じつつ過ぐ
 したまふに、人悪ろく、つれづれに思さるれば、秋の野も見たまひがて
 ら、雲林院に詣でたまへり。」 源氏物語 榊

 「源氏は中宮をとても恋しく思いながらも、つれない御心の報いを思い
 知ればいいと、念じるように過ごしていたが、狂おしいくらいに中宮の
 ことが想い起こされ、気持を紛らすために、秋の野も眺めがてら、雲
 林院に参詣した。」

雲林院
 淳和天皇の離宮・紫野院が後に、花山に元慶寺を建立した僧正遍昭
に託され、官寺「雲林院」となる。雲林院の菩提講は、「今昔物語」、「大
鏡」にも登場し、古今和歌集や謡曲「雲林院」の題材にもなった。桜、紅
葉の名称としても知られる。
 雲林院境内には、「紫式部産湯の井戸」があり、紫式部はこの周辺で
生まれ育ったとされる。紫式部の墓所伝承地も雲林院近くにある。
 遍昭は、天台密教を完成させた円仁・円珍に師事した。六歌仙の一人。

 「故母御息所の御兄の律師の籠もりたまへる坊にて、法文など読み、
 行なひせむ」と思して、二、三日おはするに、あはれなること多かり。
 紅葉やうやう色づきわたりて、秋の野のいとなまめきたるなど見たま
 ひて、故里も忘れぬべく思さる。法師ばらの、才ある限り召し出でて、
 論議せさせて聞こしめさせたまふ。所からに、いとど世の中の常なさ
 を思し明かしても、なほ「憂き人しもぞ」と、思し出でらるるおし明け方
 の月影に法師ばらの閼伽たてまつるとて、からからと鳴らしつつ、菊
 の花、濃き薄き紅葉など、折り散らしたるも、はかなげなれど、「この
 かたのいとなみは、この世もつれづれならず、後の世はた、頼もしげ
 なり。さも、あぢきなき身をもて悩むかな」など、思し続けたまふ。」
                               源氏物語 榊

 「源氏の母君の桐壺の御息所の兄君の律師がいる寺へ行って、経
 を読んだり、勤行もしようと思って、二、三日こもっているうちに身に
 しむことが多かった。紅葉はいっそう色づきわたって、秋の野の妖艶
 な様を見て、家のこともすっかり忘れてしまいそうである。学僧だけを
 選んで討論をさせて聞いた。所がら、人生の無常さばかりをつくづく
 思ってみても、歌にあるように、なを「つれない人が恋しく忘れられな
 い」と、思い出される。明け方の月影のもとで、僧たちが閼伽を仏に
 供えるために、からからと音をさせながら、菊や濃淡の混ざった紅葉
 などを折り散らしているのも、ちょっとしたことではあるが、僧の営み
 は、この世で退屈することなく、後の世が期待できるものだ。自分は
 なんとも、厭わしい境遇をもてあまし煩悶していることであろう か。」 
                                与謝野晶子訳

山寺の営みやたたずまいに、源氏は心引かれながらも、中宮への思い
は消えない。「天の戸を押し明け方の月みれば憂き人しもぞ恋しかりけ
る」古今集の恋の歌を引き合いに、恋の煩悶という無明のあけることは
ない。







 







2013年7月29日月曜日

源氏物語と日本人の信仰心 罪の意識


中宮(藤壺)と源氏の恋

 「かやうのことにつけても、もて離れつれなき人の御心を、かつはめで
 たしと思ひきこえたまふものから、わが心の引くかたにては、なほつら
 う心憂し、とおぼえたまふ折多かり。」 源氏物語 榊

 「源氏は尚侍との関係をもちながらも、隙をまったくお見せにならない
 中宮(藤壺)をごりっぱであると認めながらも、恋する心には恨めしくも
 悲しくも思うことが多かった。」与謝野晶子訳

 「また、頼もしき人もものしたまはねば、ただこの大将の君をぞ、よろづ
 に頼みきこえたまへるに、なほ、この憎き御心のやまぬに、ともすれば
 御胸をつぶしたまひつつ、いささかもけしきを御覧じ知らずなりにしを思
 ふだに、いと恐ろしきに、今さらにまた、さる事の聞こえありて、わが身
 はさるものにて、東宮の御ためにかならずよからぬこと出で来なむ、と
 思すに、いと恐ろしければ、御祈りをさへせさせて、このこと思ひやませ
 たてまつらむと、思しいたらぬことなく逃れたまふを、いかなる折にかあ
 りけむ、あさましうて、近づき参りたまへり。心深くたばかりたまひけむこ
 とを、知る人なかりければ、夢のやうにぞありける。」 源氏物語 榊

 「また、東宮の後援者も他にいなかったので、ただこの源氏だけを万事
 にわたり頼りにしていたが、今でも源氏は藤壺を御当惑させるようなこと
 が止まなかった。源氏との不義密通に御胸を痛めつつ、少しもひとの気
 持ちを察しないと思うことさえ、とても恐ろしく、院が崩御した後、またその
 ような関係をもつことは、自分はともかくも、今さら、源氏との不義の子で
 ある東宮のために必ず大きな障害となることが起きるであろうと、御心配
 になって、ひそかに祈祷までもさせて、源氏の恋を仏力で止めようと、でき
 る限りのことを尽くして、源氏の情炎から身をかわしておいでになるが、あ
 る時思いがけなく源氏が御寝所に近づいた。慎重に計画されたことであっ
 たから知る人もなく、宮様にはまるで夢のようであった。」 与謝野晶子訳

藤壺は深い思慮と罪の意識の滅罪のために、修験者に祈祷を頼み、源氏
の情炎を思いとどまらせようとする。藤壺はこの罪の意識で悩み続けること
になる。桐壺帝の崩御後も、罪の意識は深まり、東宮の将来を心配するの
である。母性愛の方が、恋愛より優っていたということなのでしょうか。
 
















 



2013年7月28日日曜日

源氏物語と日本人の信仰心 五檀の御修法


 「わづらはしさのみまされど、尚侍の君は人知れぬ御心し通へば、
 わりなくてと、おぼつかなくはあらず。五檀の御修法の初めにて、
 慎みおはします隙をうかがひて、例の、夢のやうに聞こえたまふ。
 かの、昔おぼえたる細殿の局に、中納言の君、紛らはして入れ
 たてまつる。人目もしげきころなれば、常よりも端近なる、そら恐
 ろしうおぼゆ。
  朝夕に身たてまつる人だに、飽かぬ御さまなれば、まして、め
 づらしきほどにのみある御対面の、いかでかはおろかならむ。
 女の御さまも、げにぞめでたき御盛りなる。重りかなるかたは、
 いかがあらむ、をかしうなまめき若びたる心地して、見まほしき
 御けはひなり。」 源氏物語 榊

 「昔よりもいっそう恋の自由のない境遇にいても尚侍は絶えず
 恋をささやく源氏と文を交わしていたので、幸福観がないでも
 なかった。宮中で行わせられた五檀の御修法(みずほう)のた
 めに帝が御謹慎をしておいでになる頃、源氏は夢のように尚侍
 へ近づいた。昔の弘徽殿の細殿の小室へ中納言の君が導いた
 のである。御修法のために御所へ出入りする人の多い時に、こ
 うした密会が、自分の手で行われることを中納言の君は恐ろしく
 思った。朝夕に見て見飽かぬ源氏を稀に見た尚侍の喜びが想像
 される。女も今が青春の盛りの姿と見えた。貴女らしい端厳さなど
 は欠けていたかもしれぬが、美しくて、艶で、若々しくて男の心を
 十分に惹く力があった。」与謝野晶子訳

五檀の御修法とは、比叡山中興の祖・良源(912年~985年)が平
安貴族たちに広めた五大明王を本尊とする五檀法で、調伏の法
(怨霊などを討ち破る法)として用いられた。五大明王とは、不動
明王、降三世明王、軍荼利夜叉、大威徳明王、金剛夜叉である。

「紫式部日記」には、中宮彰子の安産を妨げようとする怨霊を調
伏する五檀法が克明に描かれている。

 「御帳のひむがしおもては、うちの女房まゐりつどひてさぶらふ。
 西には、御物のけうつりたる人々、御屏風一よろひを引きつぼ
 ね、つぼねぐちには几帳を立てつつ、験者あづかりあづかりの
 のしりゐたり。南には、やむごとなき僧正・僧都かさなりゐて、不
 動尊の生きたまへるかたちをも、呼びいであらはしつべう、たの
 みみ、うらみみ、声みなかれわたりにたる、いといみじう聞こゆ。」

 「中宮様の伏される御帳台の東面の間には内裏から一緒につい
 てきた女官たちが集まって控えている。西面の間には物の怪が
 乗り移ったよりましの人々を一人ずつ屏風で囲い、その出入り口
 に几帳を立てて、各修験者が一人一人を受け持って大声で祈祷
 をしている。南面の間には、貴い僧正や僧都が何重にも座ってい
 て、生ける不動明王のお姿を呼び出さんばかりに、頼みつ恨みつ、
 みな声も嗄れ果ててしまっているのがなんとも尊く聞こえる。」
                      宮坂宥勝著「不動信仰辞典」
 

















2013年7月12日金曜日

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