[題詞]幸讃岐國安益郡之時軍王見山作歌
讃岐国安益郡(あやのこほり)に幸(い)でませる時、軍王(いくさのおほきみ)
の山を見てよみたまへる歌
霞立つ 長き春日の 暮れにける わけも知らず むらきもの 心を痛み
ぬえこ鳥 うら嘆げ居れば 玉たすき 懸けのよろしく 遠つ神 我が
大君の 行幸の 山越しの 風の ひとり居る 吾が衣手に 朝夕に
還らひぬれば 大夫と 思へる我(あ)れも 草枕 旅にしあれば 思ひ遣
るたづきを知らに 網の浦の 海人娘子(おとめ)らが 焼く塩の 思ひぞ
焼くる 吾が下心
<メモ>
万葉仮名覚書 吾大王 還比奴礼婆 海處女 吾衣手 吾下情
<鑑賞>
この長い歌の言いたいことは、吾下情(我が下心)というところです。
海人娘子らが焼く塩の思ひぞ焼くる 我が下心なんです。人前では
表さないが、胸中では 思い焦がれている。心の中は燠火のように
真っ赤にもえていると歌っています。
霞立つ 長き春日の 暮れにける 巧みな歌ですよね。霞たつ朝から
暮れにける夜まで、警護している。長い春の日がとっぷり暮れて、あたりが暗くなると、自然と家の妻のことが気にかかってくる。
きっと新婚なんでしょう。
そういう心が痛い夜の帳に、「ぬえこ鳥」が 「うら泣け居れば」と
持ってきた訳です。全く巧みな歌です。
「ぬえこ鳥」がどんな鳥か分からなくても、ここで「ぬえこ鳥」なるもの
が掴めますよね。枕詞がもっている言葉の比喩的で、創造的な力
を、「ぬえこ鳥」に感じます。
反し歌
山越しの風を時じみ寝る夜おちず家なる妹を懸けて偲ひつ
<メモ>
万葉仮名覚書 小竹櫃(偲ひつ)
さて、厄介なのは次の注記です。次項に譲る。
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