2013年4月22日月曜日

日本のシャーマニズム 花山院


  源氏物語54帖は華厳経にある善財童子が53人の善知識に
って、最後普賢菩薩のところへ行って、悟りを開くという話から、
54帖になっているんだろうか。

泉鏡花は幽霊を描くことが、小説の中心だった。言葉が実体を
伴わなかったら、虚構であるから、幽霊という虚構を描くことが、
小説のモチーフになることは必然である。源氏物語では、葵の
上を襲った六条御息所の生霊の凄まじさが、魂が肉体に戻って
も、調伏護摩の香りが衣や髪にしみ込んで洗ってもとれないとい
凄惨な筆致で描かれている。虚構の世界で、その虚構を保証
するものはリアリズムである。言葉を保証するものは、実体を伴
った現実であり、リアリズムだ。

  真言密教の経典は神変加持という形而上学の世界だが、書か
れている話をレトリックとして考えたら少し蒙も啓かれるかもしれ
ない。形而上学の問題を言語で語る場合には、レトリックを使う
しかないのかもしれない。葵の上を襲った御息所の生霊のように
魂が肉体に戻って来たら衣服や髪に調伏護摩の香りがしみつい
て、洗ってもとれないという描写が、このレトリックにあたるような
ものだろうか。
 真言密教の経典には、独鈷杵という法具の大切さをうたってい
。両端が矢じりになってるようなもので、外部の魔軍を摧破し、
には己の煩悩を滅する働きがある、とても大切な法具だという
これを、源氏物語では、夕顔が生霊に襲われて絶命した後に、
氏がはやり病にかかって、山寺の聖に修法で治してもらうが
この時にこの聖がもののけも憑いているからといって、一晩籠
て修法をやる。暁に修法が終わって、独鈷杵を源氏に聖が
る。外部の魔軍は払ったけれど、なる煩悩は源氏自身が滅し
なければならないという暗示だろうか

 紫式部には、花山院の影響が大きく影を落としていたと思われ
る。19歳で退位して花山天皇は出家したが、親王時代に学
教え紫式部の父藤原官職を辞任することになり、約10
年に亘って散位の状況となった。
 書写山の性空を訪れた花山院は輪円具足という意味から円教
の称号を与えたと云う。その後、中宮彰子や紫式部、和泉式
部といった錚々たる貴人が播磨の円教寺の性空を訪れている。






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